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都会暮らしに疲れて山梨県都留市へUターン移住。結婚、出産を経て、東京都内とのゆるやかな二拠点居住を送っているのが、株式会社つるでつながる代表の奈良美緒さんだ。子どもの頃は「中途半端な田舎」だと思っていた故郷、都留市の魅力とは?
※こちらの特集は、2022年8月時点の取材に基づいて作成しております。
1988年山梨県生まれ。大学卒業後、2011年に人材教育コンサルティング会社に入社。2016年1月に退職し、山梨県都留市にUターン。2017~2021年には途中産休・育休を挟みながら、のべ3年間、都留市の地域おこし協力隊として活動。2022年現在は都留市内で、コワーキング/イベントスペースteraco.を運営する株式会社つるでつながるを経営。
地方では、都会に憧れ、「田舎を出たい」と思う若者はめずらしくない。奈良さんもそんな一人。高校までは山梨県都留市で暮らし、大学は茨城県の筑波大学に進んだ。
「この田舎から出たい一心でしたね(笑)。東京の大学だと、場所によっては家から通えてしまう。なので、確実に一人暮らしができる場所にしました。学んだのは教育学です。日本の画一的な教育に疑問を抱き、教師になって教育を変えたいと思っていました」
大学で学ぶ中で、教育の場は学校外にもあることに気づき、卒業後は都内の人材教育コンサルティング会社へ就職。セールスや人事採用として精力的に働いた。しかし、忙しい都会の日々に疲れてしまい、約5年後の2016年1月、生まれ故郷の都留市へUターンする。
「Uターン自体がしたかったわけではなくて、それしか選択肢がなかった感じですね。都会暮らしに疲れて、一度田舎でゆっくりこれからのことを考えたくて。しばらくはバイトをしながらフラフラする生活。当時は田舎暮らしや自給自足生活への憧れも強かったので、友だちと一緒に農業もやってみました。耕作放棄地の開墾からやってみたら本当に大変で……。あれは二度とやりたくないです(笑)」
Uターンして8カ月後、古い知り合いで、その後旦那さんとなる大輔さんに再会。意気投合して付き合い始め、2017年1月に結婚する。しかし大輔さんは東京出身で、当時は都内在住の会社員だった。
「私は市役所でのアルバイトで地域との関わりが深まりだした頃で、すぐ東京へ戻るのはもったいない気がしたし、東京で暮らしていくイメージも湧かなくて。正直に夫に話したら、『じゃあ二拠点でいいんじゃない?』って。それで私は都留、夫は東京に拠点を持ち、お互いに行き来する週末婚のような二拠点居住になりました」
2017年には都留市の地域おこし協力隊員となり、のべ3年間活動。前半は古民家を借りてゲストハウスに改装して運営しながら、街全体の観光地化や観光客の誘致にも取り組んだ。後半はひょんな縁から、全国各地で開催されている1カ月間の滞在型ウェブスクール「ワークキャリア」(旧「田舎フリーランス養成講座」)を都留で企画・定期開催することに。その会場として、2018年5月にはコワーキング/イベントスペース「teraco.」(テラコ)の運営も始めた。
プライベートでは2020年に長男の環希くんを出産。出産後は、夫の大輔さんが育休を取得した。コロナ禍の飲食関連業界だったので育休を延長でき、2022年現在は家族みんなで都留に暮らし、月に1回程度東京へ遊びに行く生活だ。東京の自宅はシェアハウスにしており、戻ったときはその一室で過ごす。2021年には都留市内でも引っ越し、2階をシェアハウスにした自宅で暮らしている。
「東京の会社員時代に、先輩に“根無し草”といわれて、図星すぎて傷ついたんですよね。でもUターン当初、畑仕事をしながら、自然の中でふと悟ったんです。別に誰から認めてもらわなくても、自分の居場所はいまいる場所にあるんだって。自分が何者でなくても、何もできなくても、ここにいていいんだ、ということが感覚としてすっと腑に落ちた瞬間がありました」
Uターン以降、活動や仕事を限定せず、その時々でどんどん変化している奈良さん。変化することを“根無し草”ではなく、“アップデート”とポジティブに捉え、いとわなくなった。
「悩む時間がもったいないから、まずはやってみる。畑仕事はもうやらないと思いますが(笑)、私自身アップデートを繰り返していまがあります。
最初から100%理想の暮らしをするのは難しいと思うんです。なので、移住や二拠点居住を考える人も、『終の棲家にするぞ!』なんて気負わず、『試しにちょっと住んでみる?』くらいの軽い気持ちでやったほうがうまくいくかもしれません。素敵な田舎暮らしを何が何でも実現しようとすると、しんどいんじゃないですかね」
都留市で暮らすよさはたくさんあるが、あえて一つあげるなら“安心感”だという。
「東京にいるときは、大勢の人とつながっているようで、実はつながっていなかった気がします。もし、いま大地震が起きてライフラインが止まったら自分は生きていけるんだろうか?という漠然とした不安がいつもあって。でもこっちでは近所の人が野菜もくれるし、いざとなれば自分で農業もできることがわかった。いまは自宅がシェアハウスなので物理的にも一人になりようがないですが、自分は一人じゃないし、いざというときにも生きていけそうだと感覚的にわかったのは大きいですね。とくに出産後は子どもを中心に人のやさしさに触れる機会が多く、支えられていることを実感します」
シェアハウスの住人とは週に数回みんなで夕飯を食べるほど仲がよく、「一人で子育てをしている感覚がまったくない」という奈良さん。日常的にさまざまな価値観や多様性に触れられる場所での子育ても性に合っていたという。
「学校の勉強だけじゃなくて、こうやっていろんな人と、誰が上でも下でもなく対等に暮らしていると、『今日こんなことがあって』なんてラフな会話の中にもお互い気づきがあって。たぶん自分がやりたかった理想の教育や子育てって、こういう感じだったのかもしれないです。
私は、“暮らしの酸いも甘いもフルオープン”なシェアハウスの暮らしが性に合っているから、いま心地よく暮らせてるんですけど、たぶん100人いれば100通りの心地よい暮らし方があるんだろうと思いますね」
1回外へ出たことで、地元・都留市を客観的に見ることもできるようになったという。
「昔は、東京には近いけど遊ぶところもなくて、中途半端な田舎だなあくらいにしか思っていなかったんですけど、いまは暮らすにはちょうどいい場所だなと。
ユニークなのは都留文科大学があるから、若い人が多いんですよね。私にとっては街を若い学生が歩いているのは昔から見慣れた光景なんですけど、市外から来た方たちに『田舎なのに若い人がいっぱい歩いてる!』と驚かれて気づきました。町のおじいちゃんやおばあちゃんも若い子慣れしてるから、みんなおおらかです」
都留市には官民共同のまちづくり組織もあり、新しいことに取り組みやすい空気感がある。奈良さんの周りでも移住者は増えているそうだ。
「東京から近いので二拠点居住も実践しやすく、やりたいことをかたちにしやすい場所なんだと思います。いろいろな人が集まっていて、たとえば途上国のスタディツアーをやってみたいという方もいますし、私が役員をつとめる地域新電力会社の代表も移住者です。『新しいことをやりたいんだけど……』と相談されることも増えました」
人生のステージに合わせて暮らし方をアップデートしてきた奈良さん。
都留市は、自分にとって「心地よい暮らし」を考え、つくっていくのにちょうどよい環境なのだという。
「都会は求めなくても多くの情報が入ってきますよね。ときには自分の本心と違うことさえ、『これが私のやりたいことだったのかも』と思わされてしまう。その点、都留のような田舎はノイズが少なくて、余白が多い。やっぱり人間には余白が大事です。
二拠点居住のメリットは、“田舎はインプット、都会はアウトプット”と場所を使いわけられることかもしれません。何もない自然の中でぼうっとしていると、アイデアが浮かんでくることも多い。二拠点で、都会に仕事などでアウトプットする場があれば、よりインスピレーションが湧きやすくなる気がします。
都会の情報がインプットになると考える人もいると思うのですが、ある程度、経験や実績を積んで自分が新たにモノをつくったり、コトを興したりする立場になると、都会に溢れる情報はノイズに聞こえてしまうことのほうが多い。すでにある情報の二番煎じではなく、何もないところから新しいものを生み出すには、何もない田舎のほうが向いていると思います」
奈良さんは2022年1月、まちづくりに関わる相談業務を事業とする株式会社つるでつながるを設立。“都留を共育のまちにする”ことを会社のビジョンに掲げ、teraco.をその拠点としている。「ワークキャリア(旧田舎フリーランス講座)」の開催以外にも、独自のワーケーションのプログラムも企画中。また4月からは、電気通信大学(東京都調布市)でキャリアカウンセラーとしても週3日勤務をスタートし、まさに二拠点でアップデートし続ける日々だ。
「もともと教師になりたかったとお話ししましたが、共育のまちづくりは描いていた夢の延長線上といえるかもしれません。よく今後の展望を聞かれるんですけど、正直、あんまり先のことは考えていなくて。高村光太郎の詩に『僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る』という一節がありますが、たぶん私はそんなタイプ。これからもアップデートを続けながら、心のままに生きていきたいですね」
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